2020年12月9日、国際資本市場協会(ICMA)は、パリ協定を踏まえた移行(トランジション)を目的として債券市場で資金調達する際に参照可能となるガイダンス(ハンドブック)を発行した。
同ハンドブックはトランジションプロジェクトに関する定義やタクソノミーを提示するものではなく、特に炭素削減が難しいセクターを対象として、トランジションに必要な資金の調達にあたり、資金使途を限定する債券、あるいは、サステナビリティにリンクさせる債券の発行に関して、推奨される情報開示内容を明確にすることを目的としている。
原文はClimate Transition Finance Handbookを参照。
ハンドブックの概要は以下のとおりである。
1.ハンドブックでは以下4つの観点(エレメント)から提言を行っている。
- (1)発行体のトランジション戦略とガバナンス
- (2)ビジネスモデルにおける環境マテリアリティ
- (3)科学的根拠に基づくトランジション戦略(目標とその道筋を含む)
- (4)実施の透明性
2.各エレメントの概要は以下のとおり。
(1)発行体のトランジション戦略とガバナンス
トランジションのラベルを付す債券は、気候リスクに効果的に対応するビジネスモデルへの変革にむけた発行体の企業戦略に貢献し、パリ協定の目標に則したものであるべき。
開示情報としては、パリ協定に整合する長期目標、同目標のもとでの中間目標、長期目標に向けた戦略的計画、トランジション戦略に関するガバナンス、等を提案。
外部レビューについては、同社のトランジション戦略が信頼性の高いものであるかなどについてレビューを受けることは投資家にとって有益となりうる。
(2)ビジネスモデルにおける環境マテリアリティ
トランジションの軌道が、発行体のビジネスモデルにおいて、将来起こりうる環境マテリアリティに関して妥当なものであるべき。この点は、上記(1)で提案した開示情報に含めてもよい。
この部分に外部レビューを行うことは必ずしも適切ではないかもしれない。
(3)科学的根拠に基づくトランジション戦略(目標とその道筋を含む)
発行体のトランジション戦略は、定量的に計測可能であり、参照されている科学的軌道と整合性があり、中間目標を含め一般に開示されており、独立機関による保証または検証をうけるべき。
開示情報としては、パリ協定に整合した短・中・長期のGHG削減目標、ベースライン、シナリオや手法、GHGの対象スコープ(1~3)、強度と絶対量に関する目標を提案。
外部レビューは、提示されているトランジション軌道が、気候変動リスクが安全とされる科学的軌道に則っているかについての評価を投資家に提供する。
(4)実施の透明性
トランジション戦略が投資資金や運営資金を含む投資プログラムに裏付けられているなど、実行に結び付く具体的な情報が可能な範囲で提示されているべき。
開示情報としては、トランジション軌道に整合する資産/収入/支出/投資撤退の比率、投資資金支出計画を提案。
投資資金や運営資金の将来予測を正確に立てるのは難しく、外部レビューは適切でないかもしれない。
(参考)同ハンドブック「関連する質問」概要
同ハンドブックの内容理解を促す観点から、「関連する質問(Related questions)」も同時に発表されている。原文はClimate Transition Finance Handbook Related questionsを参照。
質問と回答のポイントは以下のとおり。
番号 | 質問 | 回答 |
---|---|---|
1 | 「トランジションボンド原則」ではなく、ハンドブックとして発行したのは何故か。 | このハンドブックは資金使途型ボンドやサステナビリティリンクトボンドのいずれかを活用したいと考える発行体の追加的なガイダンスという役割を担う。 |
2 | 発行体が脱炭素へのトランジションパスを定める際に、どのようなシナリオを参照するべきか。 | TCFDの技術指針やPRIが提供している気候シナリオツールなど多様なものが公開されており、発行体はこれらの活用を検討できる。 |
3 | 脱炭素へのトランジションに関連して起こる社会的課題はどのように関連するか。 | 高炭素排出セクターがパリ協定に則したトランジションに向かうためには、雇用者に重大な影響を及ぼす可能性がある。発行体が脱炭素戦略においてこのような社会的側面をどのように検討しているか理解が求められる。 |
4 | このハンドブックは既存の「グリーンボンド原則」等とどのような接点があるか。 | このハンドブックは発行体がグリーンボンド、ソーシャルボンド、サステナビリティボンド、あるいはサステナビリティリンクトボンドにおいてトランジション戦略を明確に示す際に活用できる。 |
5 | 高炭素排出セクターの発行体が脱炭素へのトランジションに向けた投資を行うべく資金使途型ボンドやサステナビリティリンクトボンドを発行する際に、このハンドブックをどのように活用することができるか。 | 資金使途がトランジション戦略を達成するにおいてどのようにつながっているか信頼性を以って示すために、発行体はハンドブックに示されている4つの観点のなかで記載してある情報開示に則して行うことが推奨される。 |
6 | 脱炭素に向けた取組がまだ初期の段階にある発行体をこのハンドブックは支援することができるか。 | 発行体はハンドブックに記載してある推奨事項に対してどの程度情報開示が進んでいるかを示すというかたちで、最大限の努力ベースで本ハンドブックに則していくべきである。 |
7 | このハンドブックはEUタクソノミーやCBIのトランジションファイナンスに関するホワイトペーパーとどのような相互関係があるか。 | EUタクソノミ―等はトランジションの定義のための枠組みを提供している一方、本ハンドブックは信頼性のあるトランジション戦略を示すために望ましい情報開示のありかたを提供している。 |
8 | このハンドブックは高炭素排出産業がESG債券市場に参加する機会を与えるか。 | 高炭素排出産業がトランジション戦略に基づき炭素排出量削減目標を達成するために、資金使途型ボンドあるいはサステナビリティリンクトボンドを信頼性を以って発行することができるようガイダンスを与えるため、このハンドブックは策定された。 |
9 | 石油・ガス会社はこのハンドブックに基づいてグリーンラベルのボンドを発行できるか。 | 発行体は、特にトランジション戦略とガバナス、科学的根拠に基づく目標とパスに関する望ましい情報開示の妥当性について検討する必要がある。 |
10 | 自らがかならずしも脱炭素へのトランジション計画を有していない金融機関はこのハンドブックをどのように適用できるか。 | このハンドブックに記載されている提言は、金融機関が融資を行う事業に適用することができる。 |
11 | 科学的根拠に基づくトランジション目標はパリ協定締約国が策定するNDCと同様か。 | 必ずしもそうではない。科学的根拠に基づくトランジション目標は、企業や経済主体がパリ協定目標の整合するため、その度合いやスピードに関してガイダンスを提供するものである。 |
12 | このハンドブックはトランジションボンドを発行する際に使えるか。 | 発行体は適切な市場の金融商品を選択できるが、このハンドブックはトランジションに関連する目的で債券市場から資金調達する際に、市場参加者が共通に期待するものをガイダンスとして提供するものである。 |