適応ファイナンスに関する国際的なイニシアティブ

1. 気候変動に関する財務的影響情報開示(TCFD)

  • 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、G20 の要請を受けて金融安定理事会が設置した民間タスクフォース。2017 年 6 月に公表した最終報告書(TCFD 勧告)の中で、企業が行う気候関連情報開示のフレームワークとして、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の 4 項目の開示を推奨している。
  • 2020 年 9 月末時点で、世界全体で 1,433 の企業・機関が TCFD 勧告への賛同を表明しており、日本でも 306(国別で最多)の企業・機関が賛同を表明している。
  • TCFD 勧告における「適応」の扱い
    • 低炭素経済への移行に伴うリスク(移行リスク)の一種である「政策・法規制リスク」の例として、「気候変動への適応を促進する政策への変更に対応できないこと」や「気候変動への適応の失敗による訴訟」に言及している。
    • 「適応」(adaptation)と明記されていないものの、気候変動に起因した物理リスクを「急性リスク」と「慢性リスク」の2 種類に大別し、物理リスクによる潜在的な財務影響を例示している。
    • 気候関連の機会の一種である「製品及びサービス」の例として、「気候変動への適応や保険によるリスクに対するソリューションの開発」に言及している。
  • TCFD 勧告が示す気候関連リスク・機会と潜在的な財務影響(適応に関連するものを抜粋)
リスク・機会 種類 潜在的な財務的影響
移行リスク 政策・法規制リスク
  • 既存製品・サービスの義務化・規制化
  • 訴訟の増加
  • 操業コスト(コンプライアンスコストや保険料/等)の増加
  • 政策変更による現有資産の償却、資産価値の減損、早期除却
  • 罰金・裁判によるコスト増加及び/又は製品・サービスの需要低下
物理リスク 急性リスク
  • サイクロンや洪水等の異常気象の激甚化
  • 生産能力の減少による収入減少(輸送障害、サプライチェーンの途絶/等)
  • 従業員への負の影響(健康、安全、欠勤/等)による収入減少・コスト増加
  • 現有資産の償却・早期除却(リスクの高い地域にある不動産・資産へのダメージ/等)
  • 操業コスト(不十分な水供給/等)の増加
  • 資本コストの増加(施設へのダメージ/等)
  • 販売量・生産量低下からの収入減少
  • リスクの高い地域にある資産の保険料増加や保険提供可能性の低下
慢性リスク
  • 降水パターンの変化、気象パターンの極端な変動
  • 平均気温の上昇
  • 海面の上昇
機会 製品・サービス
  • 適応や保険による、リスクに対するソリューションの開発
  • 適応のニーズに対する新規ソリューションを通じた収入増加(保険を用いたリスク移転商品・サービス/等)
  • 消費者の好みの変化に対応可能な競争力の強化による収入増加

2. 国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP-FI)

  • 国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)は、持続可能な開発に民間セクターの資金を動員することを目的とした UNEP と世界の金融機関のパートナーシップ。300 を超えるメンバー機関(銀行、保険会社、投資家)及び 100 を超える支援機関が参加している。
  • 主な取組 1:GCA 適応サミットにおける約束と声明の発表
    • 2019 年 7 月、UNEP FI は適応グローバル委員会(GCA)と協力し、「Driving Finance Today for the Climate Resilient Society of Tomorrow」と題するペーパーを発表。GCA に対して、行動の推奨項目を提示した。その後、同ペーパーは 2019 年 9 月に発表された GCA のレポートにも使用され、「気候変動による物理的影響に関する金融リスクの情報開示」が重要な推奨事項の 1 つとして引き継がれた。
    • 気候関連の財務情報開示については TCFD がフレームワークを提供しているものの、あくまでも任意であり、断片的である。そのため、UNEP FI と GCA は、2021 年 1 月に開催される GCA 適応サミットにおいて、金融機関の約束として、署名から 2 年以内にポートフォリオの気候関連物理リスクを開示するとの声明を発表することとしている。
  • 主な取組 2:TCFD パイロットプロジェクトの実施
    • 2017 年 6 月に TCFD が最終勧告を発表した後、UNEP FI は銀行、投資家、保険会社向けの「TCFD パイロットプロジェクト」を開始し、気候リスクと機会の評価及び開示のための実用的なアプローチの検討に着手した。
    • 銀行パイロットプロジェクトの進捗は以下の通り。
フェーズ 取組の概要
1
  • 銀行 16 行と協力し、リスク(物理リスク及び移行リスク)と機会を評価するための方法論を開発。
  • 2018 年 4 月と 7 月に、移行リスクと物理リスクのそれぞれについて開発された方法論の実装に関する報告書をリリース。
2
  • 銀行 39 行の協力を得て、フェーズ 1 で開発されたアプローチと方法論に基づき、気候リスクや機会を測定、管理、開示するためのツールキットを拡張。主に気候シナリオ、気候リスクの評価方法論、気候リスクのガバナンスについて検討。
  • 銀行ポートフォリオの物理リスクや機会を評価するための青写真を示した報告書を 2020 年 9 月にリリース。
3
  • 気候ストレステスト、物理リスク及び移行リスク評価の統合、セクター固有のリスクと機会についてさらに検討。2020 年 9 月に開始予定。

3. 気候・レジリエンスに関する国際的投資家グループ(GARI)

グローバルな適応・レジリエンスに関する投資家ワーキンググループ(GARI)は、気候変動への適応・レジリエンス強化に対する投資を促進することを目的に、2015 年の COP21 で発足した民間組織。
米国の機関投資家である Lightsmith Group が議長を務め、延べ 300 以上の投資家・関係者と 21 回の会合を開催し、適応分野への投資促進に向けたディスカッション・ペーパーや投資家向けガイドを取りまとめている。各文書の概要は以下の通り。

文献名(発表年) 概要
Bridging the Adaptation Gap(2016年)
  • ワーキンググループの協議及びアンケート調査に基づき、「物理的リスクの測定」及び「適応・レジリエンスへの投資事例」の 2 つについて分析。
  • 物理的リスクの測定については、初期的なアプローチとして、保険リスク評価や企業データ等が活用可能であるが、データの量・質や標準化等に課題があると指摘。
  • 適応・レジリエンスへの投資事例については、既に事例はあるものの、さらなる事例(投資先・商品)の増加、柔軟な定義づけ、ブレンドファイナンスよるリスク軽減、投資による影響・効果の測定等に課題があると指摘。
An Investor Guide to Physical Climate Risk & Resilience(2017年)
  • 「物理的リスクとは何か」「物理的リスクが投資家にとってなぜ重要なのか」「物理的リスクについて投資家が何をできるか」を概説。
  • 投資ポートフォリオにおける物理的リスク・影響を特定・管理し、投資機会を得る手順として、「物理的リスクによる影響の調査」「エンゲージメントにおける気候リスクの考慮」「資本配分の変更によるポートフォリオリスクの軽減」を提示。
2019 Investor Briefing(2019年)
  • 「気候リスクの開示」、「ポートフォリオの気候リスク管理」、「気候レジリエンスな投資機会」の 3 つについて最新動向を概説。

4. 気候変動に関する国際機関投資家グループ(IIGCC)

  • 気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC)は、低炭素社会の実現に向けた政策、投資、企業行動の後押しを目的として 2001 年に設置された機関投資家団体。欧州の年金基金や資産運用会社を中心に 16 ヶ国から 250 以上の機関が参加し、資産総額は約 33 兆ユーロに達する。
  • 2020 年 5 月、気候変動の物理的リスク管理に関する初の実践ガイダンスを公表し、機関投資家向けに物理的リスクを管理するステップや事例を提示した。各ステップの概要は以下の通り。
ステップ 概要
1.物理的リスクを理解する
  • 最新の気候科学を踏まえて、物理的リスク及びその経済的影響を理解する
2.アセットやファンドレベルでリスクを評価する
  • 気候の観測及び予測データと投資先の情報(財務、市場、適応戦略とリスク管理/等)を組み合わせて、投資先のリスク、曝露、経済的影響を評価する
3.ポートフォリオレベルでリスクを評価する
  • ステップ2で把握した情報を確認し、ポートフォリオレベルでの物理的リスクの重要性を評価する
4.リスクを管理・軽減する行動を実施する
  • ステップ2及び3で把握した情報に基づき、リスクを管理するための行動(リスク評価の強化、リスクエクスポージャーの軽減・回避、アセットマネジャーや投資先へのエンゲージメント、政策・規制への働きかけ、保険/等)を実施する
5.リスクをモニタリングし、レビューし、報告する
  • 投資先、アセットマネジャー、ポートフォリオの各レベルで、リスク評価を定期的にモニタリング及びレビューし、TCFD等の枠組みを活用して報告する

5. EUタクソノミー

EU タクソノミー: サステナブルな経済活動の基準

  • 環境面でサステナブルな経済活動をまず明確にすること等を目指し、タクソノミー確立の基礎となる6 つの環境目的が提示されている。

【「環境面でサステナブルな経済活動」の基準】

環境面で持続可能な経済活動は、(a)~(d)の4 項目を全て満たすこと

(a) 次の6つの環境目的の1つ以上に実質的に貢献する。

(1) 気候変動の緩和
(2) 気候変動への適応
(3) 水資源と海洋資源の持続可能な利用と保全
(4) 廃棄物抑制や再生資源の利用を増やすような循環型経済への移行
(5) 汚染の防止と管理
(6) 生物多様性および健全な生態系の保全および悪化した生態系の回復

(b) (a)の6つの環境目的のいずれにも重大な害を及ぼさない。(DNSH)
(c) 労働や人権に関する基本的原則・権利の確保など、最低セーフガード措置に準拠する。
(d) 欧州委員会が定める技術的なスクリーニング基準を満たす。
  • 資料)Regulation (EU) 2020/852 of the European Parliament and of the Council of 18 June 2020 on the establishment of aframework to facilitate sustainable investment, and amending Regulation (EU) 2019/2088に基づき作成。

EU タクソノミー:経済活動の分類

  • 適応に実質的に貢献する経済活動は、“Adapted activities(特定された重大な物理的リスクに対し適応する活動)”と“Activitiesenabling adaptation(他の経済活動における、物理的リスクに対する適応に貢献する活動)”の2 つに分類されている。
  • (注)ただし、Adapted activities, Activitiesenabling adaptationという用語自体は、技術専門家グループ最終報告書でのみ使われており、委任法案では使われていない。
経済活動の分類 具体的規定(Taxonomy Regulation,Article 11)
Adapted activities:
特定された重大な物理的リスクに対し適応する活動

この活動には、現在の気候及び将来予測される気候が経済活動に与える悪影響のリスクを大幅に低減するか、人、自然、資産に与える悪影響のリスクを増大させることなく、悪影響のリスクを大幅に低減する適応策が含まれる。

このような活動は、入手可能な最善の気候予測を用いて評価され、優先度の高い順にランク付けされ、最低でも以下を防止または軽減しなければならない。

a)気候変動が経済活動に与える、地域およびコンテクスト固有の悪影響
または
b) 経済活動が行われる環境に対する、気候変動の潜在的な悪影響

例:深刻な干ばつの増加による非多年性作物の生産高減少の可能性を削減するための、土壌の保水性強化

Activities enabling adaption:
他の経済活動における、物理的リスクに対する適応に貢献する活動

この活動は、第16条(Enabling activities) に定める条件を満たすことに加え、現在の気候及び将来予測される気候が、人、自然又は資産に与える悪影響のリスクを、他の人、自然又は資産に与える悪影響のリスクを増大させることなく、防止または低減することに実質的に寄与する適応策を提供する。

例:天候および気候関連の観測を行う衛星システムの整備

  • 資料)TEG, Taxonomy Report: TECHNICAL ANNEX, March 2020, Regulation (EU) 2020/852 of the European Parliament and of the Council of 18 June 2020 on the establishment of aframework to facilitate sustainable investment, and amending Regulation (EU) 2019に基づき作成。

EU タクソノミー:他の環境目的への重大な害のリスク回避

  • DNSHは、“Do No Significant Harm”の略で、適応に貢献するとされる経済活動が、他の5つの環境目的に対して重大な害を及ぼすリスクが有るか否かを識別するものである。
  • TR第2条に上記のDNSHのコンセプトが示され、具体的なDNSH基準は委任法案で提示される旨が記載。
  • TEG最終報告書・附属書には、各経済活動のライフサイクル全体を通じてDNSHのリスクがあるものについて、その回避策や閾値(DNSH評価基準)が提示された。
  • 委任法案では、本文に各環境目的に対するDNSHの概念が提示され、Annexでは各経済活動の項目ごとに、DNSHのリスクがあるものについて、その回避策や閾値(DNSH評価基準)が示されている。
  • 適応以外の環境目的に対するDNSH (Defat Delegated Act (31) ~ (39)より抜粋・意訳)
適応以外の環境目的 重大な害を及ぼす状況
1.気候変動緩和 経済活動が、温室効果ガスを著しく発生させるリスクがある場合
3.水資源と海洋資源の持続可能な利用と保全 経済活動が、表流水や地下水を含む水域の良好な状態や良好な生態学的可能性、または海洋の良好な環境状態に有害なものとなる場合
4.廃棄物抑制や再生資源の利用を増やすような循環型経済への移行 経済活動が、資源の非効率な使用やロックイン線形生産モデルにつながらず、廃棄物が削減されない場合
5.汚染の防止と管理 経済活動が、活動開始前の状況と比較して、大気、水、土地への汚染物質の排出量の大幅な増加を引き起こす場合
6.生物多様性および健全な生態系の保全および悪化した生態系の回復 経済活動が生態系やその回復力に対し広範囲に害を及ぼす場合、またはその生息地・生物種の保全状況に害を及ぼす場合
  • 資料)Draft Delegated Act supplementing Regulation (EU) 2020/852 (Delegated Regulation)に基づき作成。

6. 気候債券イニシアティブ(Climate Bonds Initiative : CBI) 気候レジリエンス原則

CBI気候レジリエンス原則:経緯と概要

  • 気候債券イニシアティブ(CBI)は、2010 年 12 月に設立された、低炭素経済に向けた大規模投資の促進を目指す国際 NPO。
  • 投資家や政府が低炭素投資を行う際のスクリーニングツールとして気候ボンド基準(Climate Bonds Standard)を作成。同基準に基づいて第三者(CBI が承認した認証機関)が、投資対象が低炭素社会に貢献するものであるかどうかを審査し、審査結果をもとに CBI の気候ボンド基準委員会が債券に認証を与えることで、年金基金や保険会社等の低炭素投資を促進させることを目的としている。
  • 2018 年 10 月、CBI は適応とレジリエンスに関する専門家グループを招集し、適応とレジリエンスの基準を気候ボンド基準に統合するための一連の原則を設計。2019 年 9 月に気候レジリエンス原則 (Climate Resilience Principles: CRP)を策定した。
  • CRP では、投資対象活動が「資産向け」と「システム向け」に分類されている。
    • 資産向け:気候変動の影響を受ける資産や活動の気候耐性の維持・強化(新規及び既存インフラへの気候耐性の組込み、将来の気候変動影響に対応できる予備能力の追加、気候変動影響に曝されやすいインフラの移転等)
    • システム向け:個別の資産や活動に限定されない、より広範な気候耐性便益の波及(排水システムの強化、早期警戒システムの整備、感染症等媒介病の治療等)

CBI気候レジリエンス原則:投資スクリーニング枠組み

  • CRPでは、適応への投資をスクリーニングする枠組みを提示している。
  • スクリーニングでは、投資対象となる資産や活動がさらされる気候変動の物理リスク評価、物理リスクを緩和する具体的な方策、緩和とのトレードオフの可能性、投資後のリスクや便益のモニタリング等を求めている。
    • CBI の下で認証を得たいボンドは、緩和と適応双方のクライテリアを満たす必要がある。
投資スクリーニング枠組み

CBI気候レジリエンス原則: 投資スクリーニング手法

  • 策定された気候レジリエンス原則は、農業セクターの気候ボンド基準(Climate Bonds Standard)に反映された(2020 年 6 月公開)。
  • 農業セクターの基準には、対象となる活動、支出とともに、前頁に示したスクリーニング手法が示されている。
    • チェックリスト
      • 対象活動のバウンダリーが明確に特定されているかどうか。
      • 物理リスクが評価されているかどうか。
      • 物理リスクを軽減するための取組とモニタリングが実施されるかどうか。
      • 対象活動が物理リスクの重大な増加を引き起こさないかどうか。/ほか
    • 方法論ガイダンス
      • 物理リスク評価の手法やツール及びこれに必要となる気候データの情報源
      • 物理リスクへの対処策の事例
      • リスクと適応策のモニタリング方法に関する情報源 /ほか
  • 認証事例:ブラジル Rizoma-Agro 社の有機農業(乾季に対応する灌漑事業)
  • 資料)CBIの「Agriculture Criteria, The Climate Bonds Standard & Certification Scheme, Criteria Document (2020年7月)に基づき作成。