物理リスクや財務影響評価の評価手法

気候変動による物理リスクや同リスクが財務に及ぼす影響について、どのような評価手法を用いるのか。評価プロセスはどのようなものか。評価にあたって利用可能なツールとしてはどのようなものがあるか。利用可能ツールについて、いくつかの事例をとりあげ概要を示す。

1. 一般的な評価手法

  • 物理リスクや財務影響の評価手法はさまざまであるが、①評価対象企業の資産や事業活動に関する地図情報データと、②気候変動影響に関する地図情報データを重ね合わせることによって、資産や事業活動ごとの影響を評価し、損害額などを試算する手法が一般的である。

評価対象企業の資産や事業活動に関する
地図情報データ

評価対象企業の資産や事業活動に関する地図情報データ

気候変動影響に関する
地図情報データ

気候変動影響に関する地図情報データ

資産や事業活動が受ける影響

資産や事業活動が受ける影響

2. 評価プロセス

  • 標準的な評価プロセスは存在しないものの、一般には、以下のフローで評価を行うことが推奨される。
Step01
  • 評価対象企業の資産や事業活動、バリューチェーンなどを整理する。
  • 整理した結果を地図情報データ(①)として記述する。
Step02
  • 評価のフレームワークを決定する(気候シナリオ、評価の時間軸など)。
  • 決定したフレームワークの下で予測される気候変動影響を特定する(気温や降水パターン、気象災害の発生頻度の変化など)。
  • 特定された気候変動影響を地図情報データ(②)として記述する。
Step03
  • 上記①と②を重ね合わせることにより、評価対象企業に対する気候変動の主要な影響を特定する。
Step04
  • 特定された主要な影響について、物理リスク・財務影響を詳細に評価する。

3. 利用可能な地図情報ツール(一覧表)

データ
セット名
Climate Change Knowledge Portal UNEP Global Risk Data Platform A-PLAT
将来予測Web GIS
重ねる
ハザードマップ
d4PDF
作成機関名 世界銀行 UNEP/GRID Geneva NIES(環境省受託) 国土交通省 JAMSTEC、防災科研(文科省受託)
作成更新
年月日
N/A N/A 2019年6月 2016年6月 2020年2月
将来
シナリオ
RCP2.6 / 4.5 / 6.0 / 8.5 N/A(過去データのみ) RCP2.6 / 4.5 / 8.5 N/A 非温暖化/ 2℃ / 4℃
対象データ項目 気温、降水量 サイクロン、高潮、干ばつ、地震、森林火災、洪水、地すべり、津波、火山噴火 気候、農業、水環境、自然生態系、自然災害、健康 関係各機関が作成した防災情報による 降水量、気温、雲量、風速など様々な変数
対象範囲 全世界 全世界 日本 日本全国とその周辺地域 全世界および日本周辺領域
対象期間 1901年~2059年 1970年~2015年 1981~2000年/ 2031~2050年/ 2081~2100年 関係各機関が作成した防災情報による 過去:6000年(日本周辺域は3000年分)
将来:3240年/ 5400年
頻度 N/A N/A N/A 関係各機関が作成した防災情報による N/A
空間解像度 N/A N/A 約1~10km (対象による) 国土地理院の地理院タイルの定義する「ズームレベル」で2から18 ・全球気候モデル:水平解像度60km
・領域気候モデル:日本域20km
データ
フォーマット
メタデータ/
レポート
メタデータ 地図、グラフ 国土地理院の「地理院タイル」と同じ メタデータ
データ
セット名
Climate Value-at-Risk Four Twenty Seven Climate Risk Platform Location Risk Intelligence
作成機関名 MSCI ESG Research LLC Moody’s (ESGソリューション・グループ) GRESB ミュンヘン
再保険
作成更新
年月日
N/A 2020年10月 2020年8月 2020年4月
将来
シナリオ
1.5℃ / 2℃ / 3℃ N/A RCP 2.6 / 4.5 / 8.5 RCP 2.6 / 4.5 / 8.5
対象データ項目 極端気象、洪水、サイクロン 熱波、山火事、豪雨、ハリケーン・台風、海面上昇、洪水 洪水、集中豪雨、干害、熱波、地震・津波など、14の物理リスク(契約後に詳細情報入手可) 急性:サイクロン、洪水慢性:海面上昇、熱波、豪雨、山火事、干害
対象範囲 全世界10,000以上の企業 全世界2000 社以上の上場企業、約100 万の施設 全世界 全世界
対象期間 N/A 2030~2040年 ~2100年 ~2100年
頻度 N/A 四半期ごとのデータ更新 50年 50年
空間解像度 急性リスク:3” x 3”(90mセル)慢性リスク:0.5°x 0.5°(50kmセル) 90m x 90m 30m x 30m 30m x 30m
データ
フォーマット
レポート2種類 様々なビジュアルデータの出力が可能 様々なビジュアルデータの出力が可能 CSV / Excel / PDFAPI接続も可能

4. 世銀 Climate Change Knowledge Portal

  • 世界銀行が開発した気候変動と開発に関連するオンラインデータプラットフォーム。幅広いユーザーに対して包括的な情報を提供し、プロジェクト設計時の科学情報の活用をサポートしている。
  • 気候変動の影響と将来予測について分析可能なセクターは、エネルギー、水資源、農業、保健衛生。国レベルのほか、流域レベルの分析が可能。
  • MS-Excel フォーマットで気温や降水量の年次データをダウンロード可能。
  • 国別ページには、気候変動政策に関する公式文書や外部データなどのリンクも掲載されている。
図:CCKP のトップ画面

図:CCKP のトップ画面

図:ダウンロードされた日本のデータ 過去の気温(1986 ~ 2005 年)と将来の気温予測(2080 ~ 2099 年)

図:ダウンロードされた日本のデータ
過去の気温(1986 ~ 2005 年)と将来の気温予測(2080 ~ 2099 年)

  • 資料) Climate Change Knowledge Portalウェブサイトhttps://climateknowledgeportal.worldbank.org/に基づき作成

5. UNEP Global Risk Data Platform

  • 自然災害リスクの空間データ情報を共有するためのプラットフォーム。過去に発生した災害イベントの人や経済への曝露などに関するデータをダウンロードできるほか、オンライン上で視覚化することも可能。
  • 自然災害のタイプとデータ期間は以下の通り。
災害 データ期間
サイクロン 1970~2015年
サイクロンに伴う高潮 1975~2007年
干ばつ 1980~2001年
地震 1970~2015年
森林火災 1995~2011年
洪水 1999~2007年
地震による地すべり 1970~2015年
津波 1970~2015年
火山噴火 1970~2015年
)
  • 資料) UNEP Global Risk Data Platformウェブサイトhttps://preview.grid.unep.ch/に基づき作成

6. A-PLAT将来予測WebGIS

  • IPCC第5次評価報告書に利用された気候モデルから4つのモデルを選択し、1981~2000年を「基準期間」として、「21世紀半ば」(2031年~2050年)と「21世紀末」(2081年~2100年)の将来予測をGISデータとして提供。
  • 気候モデル、排出シナリオなどのパラメータをカスタマイズし、ユーザーが指定した評価指標のデータを、地図またはグラフ形式で出力することが可能。
  • 対象分野と評価指標は以下の通り。
分野 評価指標
農業
  • コメ収量の変化率
水環境・水資源
  • クロロフィルa濃度の変化率
自然生態系
  • 森林の潜在生育域
自然災害・沿岸域
  • 斜面崩壊の発生確率
  • 砂浜の消失率
健康
  • ヒトスジシマカの生息可能域
  • 熱中症搬送者数の変化率
  • 熱ストレス超過死亡者数の変化率
図:RCP8.5の下での21世紀末のコメ収量の変化率(関東圏周辺)

図:RCP8.5の下での21世紀末のコメ収量の変化率(関東圏周辺)

  • 注)ただし、高温による品質低下リスクが低い品種の収量。
    品質低下リスクが高い品種を加えた総収量はむしろ増加する傾向にある。
  • 資料)A-PLATウェブサイトhttps://a-plat.nies.go.jp/webgis/index.htmlに基づき作成

7. 重ねるハザードマップ

  • 国土交通省が公開しているハザードマップのポータルサイト。さまざまな災害リスク情報や全国の市町村が作成したハザードマップの閲覧が可能。
  • 洪水・土砂災害・高潮・津波のリスク情報、道路防災情報、土地の特徴・成り立ちなどを、地図や写真に自由に重ねて表示することができる。
  • 閲覧できる災害リスク情報は以下の通り。
    • 洪水浸水想定区域:河川氾濫により浸水が想定される区域と水深
    • 津波浸水想定:津波により浸水が想定される区域と水深
    • 土砂災害警戒区域等:土砂災害のおそれのある区域
    • ため池決壊による浸水想定区域:ため池決壊による危険性のある区域
図:洪水と土砂災害が発生するリスクが高い地域(人吉市周辺)

図:洪水と土砂災害が発生するリスクが高い地域(人吉市周辺)

  • 資料)国土交通工ハザードマップポータルサイトhttps://disaportal.gsi.go.jp/に基づき作成

8. アンサンブル気候予測データベース(d4PDF)

  • 文科省・気候変動リスク情報創生プログラム及び海洋研究開発機構・地球シミュレータ特別推進課題において作成されたデータベース。
  • 防災などへの研究利用はもとより、国や自治体、産業界での影響評価や温暖化対策策定への活用が期待されている。2020 年 10 月、SOMPO リスクマネジメントが本データセットを利用したサービスを開始。
  • d4PDF のメタデータ(tar 形式ファイル)は、データ統合・解析システム「DIAS」(http://www.diasjp.net/新しいタブまたはウィンドウで開く)においてアカウント登録後、ダウンロードできる。
  • d4PDF データの活用にあたっては、気象・気候データを解析・可視化する際に広く使用されている GrADS(Grid Analysis and Display System)*を用いるのが最も簡便。

ダウンロード可能なデータ:

地上大気データ、熱力学関連 2 次元データ、土壌関連データ、大気 3 次元データ、標高・海陸分布データ

d4PDFデータのダウンロードサイト画面(イメージ)
d4PDFデータのダウンロードサイト画面(イメージ)
  • 資料) d4PDFの利用手引きより抜粋。
  • 資料)以下ウェッブサイトに基づき作成。
  • * GrADS http://grads.iges.org/grads/grads.html
  • * openGrADS http://opengrads.org/
  • * GrADS−Note http://seesaawiki.jp/ykamae_grads-note/

9. その他民間ベースのツール

MISCI Real Estate Climate Value-at -Risk

  • MSCI ESG リサーチ社が開発した気候変動が企業バリュエーションに与える影響を測定するツール。
  • 対象となる気候リスクは以下の通り。
    • 移行リスク:脱炭素社会への移行に伴う法規制などに起因するリスク
    • 物理リスク:極端現象(熱波、寒波など)、洪水、サイクロンなどの気象災害に起因するリスク
  • 評価対象は、全世界 10,000 以上の企業ならびに個人が保有する不動産資産であり、資産運用会社、銀行、資産所有者、保険会社を含む金融機関を主な顧客としている。
  • MSCI と契約後、有料でツールへのアクセスやレポーティングのサービスを受けることができる。

Four Twenty Seven

  • 気候・環境の物理的リスクに関する分析データを開発提供する Four Twenty Seven(427)社は、2012 年に創業。カルフォルニア州バークレーに本社を構え、ワシントン DC、パリ、東京に支社を持つ。米信用格付大手ムーディーズ・コーポレーションが 2019 年に買収。
  • 企業の生産拠点や販売拠点における熱波、山火事、豪雨、ハリケーン・台風、海面上昇、洪水といった物理リスクへの感応度を分析するサービスを展開。データベースは、世界で 2,000 社を超える上場企業と 100 万件の企業施設を網羅。
  • 427 社との契約後、分析・レポーティングサービスのほか、データライセンス、分析ツール(オンラインアプリ)、企業スコアボード、シナリオ分析、不動産・インフラのリスク分析などのサービスを受けることもできる。
  • 主な顧客は、ポートフォリオマネージャー、アセットオーナー、金融機関など。
  • 資料)Four Twenty Sevenウェッブサイト https://427mt.com/our-solutions/に基づき作成。

Climate Risk Platform

  • 不動産セクターの企業やファンドに対して ESG 評価情報を提供する GRESB(Global Real Estate Sustainability Benchmark )社が立ち上げたオンライン上のプラットフォーム。
  • 資産価値総額 450 兆円規模の不動産、500 箇所以上のインフラファンド・アセットを対象に、洪水、集中豪雨、干害、熱波、地震・津波など、14 の物理リスクによる影響評価情報を掲載。データセットは主にミュンヘン再保険から入手している。
  • シナリオ・期間・リスク分野など、さまざまな分析軸に対応可能。
  • GRESB 社と契約後、有料でレポーティング・サービスを受けることができる。対象アセット数に応じて料金が加算される仕組み。
  • TCFD などの情報開示フォーマットに合わせたレポーティングの出力にも対応。
  • 資料)GRESBウェッブサイト https://gresb.com/climate-risk-platform/ に基づき作成。

Location Risk Intelligence

  • ミュンヘン再保険は、2017 年、リスク関連のビジネスモデルを開発するためのビジネスユニット「Risk Management Partners」を設立。同ユニットが地図上に災害リスク情報を表示するデータベースを開発・作成した。
  • データベースは、Natural Hazard Edition、Climate Change Edition、Wildfire HD Editionの 3 種類がある。 Climate Change Edition の特徴は以下の通り。
    • ワンクリックで 12 のハザードマップと 4 つのリスクスコアを表示できる。
    • 自社ポートフォリオの CSV データをアップロードし、分析することも可能。
    • ミュンヘン再保険社との契約後、有料でシステムへのアクセス、データのアップロード・ダウンロードができる。
  • 資料)ミュンヘン再保険ウェッブサイト https://www.munichre.com/en/solutions/for-industry-clients/location-risk-intelligence.html に基づき作成。